民話「柿童子」ついて
むかしむかし、秋の夕ぐれに柿の木でカラスがあまり騒ぐ
ので、細谷村の春光院の和尚さまが庫裡の外に出てみると、
柿の木の根もと担うす汚ない童子が一人うずくまっていまし
た。
(土地では、上関根村の延命寺の和尚さんとも伝えられている)
この童子は、双児の弟で萱平(かやたいらとよびます。今はもう人は住んでいません。東南方向の山の中の村でした)に身よりもないまま、兄と住んでいましたが、兄つあんが家を出て帰ってこないの
で、兄を探しに弟の童子が古屋敷から宮川に出て、姥懐(うばふところ、皆沢)に出
たが、陽が暮れて寺までやっとたどりついたということです。
和尚さまは、温かいおかゆをご馳走しましたが、次の日も
朝から童子は一日中柿の木に上っていました。
こんな日が
毎日続きました。
まるで童子は、カラスから柿を守っているようでした。
村
の人はこの子を「柿童子」というようになりました。
秋も更けて七日七晩大風がふいて、柿の実がたたきつけら
れるほどでした。それでも柿童子は柿の枝の上で柿を守っ
ておりました。
やがて嵐かやんで秋晴れになりましたが、沢山の柿は何処
へやら、タツタ一つの柿があるだけで、それっきり柿童子の
姿もありませんでした。
話かわって、今から三百年ほど前、宮川が大洪水にあって
三関根村も泥水に浸りました。上関根の庄屋、川口久右ェ門
さんでも使い川が泥でいっぱいになったので、川ごみをさら
って小屋のそばぽ積み上げておきました。
ある日、赤い翼の小鳥が萱平の方から飛んできて遊んでい
ました。
やがて、この川ごみの中から小さな柿の双葉が出
てきました。川口さんは、これを大切に育てると甘柿に変
りました。
それ以来、村の人はその柿の種や、さし木、根わけなどし
てもらい近くの山里、関根郷は美味しい干柿の産地になりま
した。
しかし、今では柿童子の噂も翼の赤い小鳥の話も語らなくなりました。
参考:日本民俗学会会員 萩生田憲夫様
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